隕石が落ちた場所に作られた!?「鷹子神社」

家から車で15分ほど離れた山「鷹ノ子岳」の中腹にある「鷹子神社(たかこじんじゃ)」に行ってみた。


先日、観光案内所の方から「あの山は昔隕石が落ちたと言われている」という話を聞いてとても気になっていたのだ。


こういう落ち葉の積もった階段を5分ほど登っていく。高低差は100mくらいだろうか?


日頃の運動不足がたたり、汗は噴き出て、息が切れた。


階段を上りきると現れたのがこの社殿。かなり年季が入っている。この社が建てられたのはいつだろ?


そして、雨風にさらされているせいか荒れ果てた印象を受けた。

黄昏時にでも来ようものならなにかに化かされそうだ…。


御神木だろうか。


古いしめ縄の処理をせず、上から新しい縄を巻いているところにも、単なる経年ではなく、荒んだ印象を受けた。氏子さんはいるのかな?



苔むした倒木と苔むした石塔。


この石塔には御即位記念燈と書いてある。大正天皇か昭和天皇の即位した際に建てられたものだろうか?

側面には陸軍~~ 海軍~~ と書いてあるが、詳しくは読み取れなかった。


鹿児島には数百年前の石塔がそこらへんにごろごろしているので侮れない。

今回の調査では残念ながら隕石を見つけることはできなかったが(そもそも隕石を見分けられないが)、



神社入口に貼ってあった案内板から、この神社の由来を知ることができた。


昔、三羽の鷹の子が牟礼山に飛来して、付近一帯の毒蛇を悉く食い殺した。そこで人々が住めるようになり集落ができた。或る日の夕方、雷鳴のような音響とともに、燦然とした火玉の光が南の地を指して現在の地に飛び落ちた。ここを神霊の地の択ばれたものとして、神社を建て素戔鳴尊の変身とする三羽の鷹の子を祀った。


これはまさに隕石の記述だよな?

やはり隕石が落ちたことをきっかけにこの神社を作ったようだ。

もしかしてご神体は隕石? そうだとしたらまるで『君の名は。』だな。



「鷹の子」や「毒蛇」というのも何かのメタファーなのかもしれない。


社殿の横を抜けると山頂への道があるようだ。


この時点で荒れているのでこの先に行くのはされに困難な気もするが… 一度は登ってみようかな。


武家屋敷の日々リターン ~入来麓武家屋敷での回顧録~

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小島健一

ここ十数年「社会科見学」や「地下施設」をWEB、書籍、テレビなどで紹介しています。
九州最後の炭鉱「池島」ではタモリさんをご案内(ブラタモリ)。
その後、長崎大学で軍艦島の3D化研究とかしてました。
鹿児島の武家屋敷を拠点に全国武者修行後、現在は埼玉在住。

https://www.kenichi-kojima.com/